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2007年12月16日 (日)

まだ終わらない放電焼結装置事件

裁判所HPで、次の二件の著作権事件判決が公表されていました。
・東京地判平成19年12月12日(平成19年(ワ)第17959号)
・東京地判平成19年12月12日(平成19年(ワ)第22834号)

どんな事件なのだろうと思ってPDFを開き、当事者欄を見た瞬間、「まだやってたのかー」と、思わず脱力してしまいました。

事の発端は平成10年に遡ります。原告であるX社は「放電焼結装置」という発明について特許権を有していたのですが、Yが特許異議の申立て(平成6年法律第116号による改正後の特許法113条2号参照。)を行い、これを受けて特許庁は本件特許を取消す旨の決定を行いました。

で、Xはこれが気に入らなかったようで、この後現在まで数回にわたって、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求を行っています。
(なお、取消しを行った特許庁の審判官に対する国賠訴訟もしていますが、棄却されています。東京地判平成16年12月10日(平成16年(ワ)第19959号)、東京高判平成17年3月30日(平成17年(ネ)第162号)。取消決定無効確認もしていますが却下です。東京高判平成17年2月24日(平成16年(行ケ)第532号)、知財高判平成17年11月30日(平成17年(行ケ)第10590号))

本件は多分その5回目の訴訟。これを見る前に、過去4つの事件について簡単に見ておきます。(原告(控訴人)X、被告(被控訴人)Yという当事者はすべて共通。なおXはすべての事件で本人訴訟である。)

●第1事件……東京地判平成18年6月30日(平成18年(ワ)第4428号、同第6631号) ※担当裁判官:市川正巳ほか
Xの主張:Yの上記異議申立てが不法行為にあたるので、損害の一部請求として10万円の損害賠償を請求する。
判決:Yの異議申立ては権利の濫用にあたる事情がないので不法行為にはあたらない→請求棄却(確定)

●第2事件……東京地判平成18年8月31日(平成18年(ワ)第11210号) ※担当裁判官:設楽隆一ほか
Xの主張:Yの異議申立ては権利濫用の不法行為にあたるので、全損害15億円の一部請求として10万円の損害賠償を請求する。
判決:Yの異議申立ては権利の濫用にはあたらないので不法行為ではない→請求棄却(確定)

●第3事件……東京地判平成18年10月24日判時1959号116頁(平成18年(ワ)第17644号)、知財高判平成19年3月28日(平成18年(ネ)第10086号) ※担当裁判官:髙部眞規子(一審)、飯村敏明、三村量一(控訴審)ほか
Xの主張:10万円請求
主位的請求:Yの異議申立ては権利濫用の不法行為にあたるので、全損害15億円の一部請求として10万円の損害賠償を請求する。
予備的請求:Xが創作した放電プラズマ焼結機の設計図(本件設計図)をYが複製したことは著作権侵害にあたるので、全損害1億円の一部請求として10万円を請求する。

地裁判決:却下
主位的請求について:一個の金銭債権の数量的一部請求をして全部棄却判決で敗訴した者が残部請求の訴えを提起することは信義則に反して許されない→却下
予備的請求について:予備的併合を認める併合要件に欠ける→却下
(「なお、念のため」として、本件設計図は創作性がないので著作物であるとはいえず、またYの行為が複製行為に該当するともいえないとしている。)

高裁判決(ちなみに控訴審では予備的請求が取り下げられた。):Xの訴えは信義則に反し、訴権の濫用に当たり許されない→却下

●第4事件……東京地判平成19年1月31日(平成18年(ワ)第22355号(本訴)、同第26612号(反訴))、知財高判平成19年8月28日(平成19年(ネ)第10015号) ※担当裁判官:清水節、山田真紀(一審)、中野哲弘(控訴審)ほか
Xの請求(本訴):いろいろ主張して(詳細略)10万円を請求する。
Yの請求(反訴):Xの本件提訴は前訴の蒸し返しで不法行為にあたるから、本件の弁護士費用相当額である10万5000円の賠償を請求する。

地裁判決:本訴請求一部却下、一部棄却、反訴請求全部認容
却下されたのは異議申立ての不法行為に関する残部請求の部分。異議申立て以外に、設計図の著作権侵害とか債務不履行とか占有権侵害とか横領とか詐欺とかいろいろ主張した部分については、立証なしとして棄却されている。
他方Yの反訴請求については最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁を引きつつ、Xの本件提訴が不法行為を構成するとして全額認容された。

高裁判決:控訴棄却
詳細略。本件設計図については、創作性を欠くから著作権侵害の主張は失当であると判示されている。

以上が、冒頭で掲げた東京地裁平成19年12月12日判決まで。
そして次の二つが「まだやってたのかー」と思ってしまった冒頭の二判決です。

●第5事件……東京地判平成19年12月12日(平成19年(ワ)第17959号)
本件ではXはもはやそもそもの発端であった異議申立て行為は問題としておらず、途中から問題とするようになってきた本件設計図の著作権侵害という主張一本で戦っている。
請求の趣旨は、Xが創作してYに交付した本件設計図をYが毀棄した行為が著作権侵害にあたるので、10万円を請求する、というものである。

判決:「本件において、Xが著作権侵害と主張する行為は、本件図面の毀棄行為であるところ、仮に本件図面に著作物性が認められたとしても、著作物が固定された有形物である本件図面の毀棄行為は、その著作物についての著作権を侵害することにはならないから、Xの主張はそれ自体失当である。」→棄却

●第6事件……東京地判平成19年12月12日(平成19年(ワ)第22834号)
他方、こちらは一転、ものすごい主張をしています。
曰く、第4事件でXが敗訴したのは、Yがそこで虚偽の主張をして裁判所を錯誤に陥らせたからである。そこで虚偽の主張をした行為が不法行為にあたるから、10万円を請求する。

判決:そのような事情を窺わせる証拠は一切ない→棄却

ここまでが発明「放電焼結装置」の特許取消しから生じた一連の紛争の(現在までの)経緯です。
正直なところ、Yも災難だなあと思わずにはいられませんが、Xとしてもそれだけ重要で思い入れの強い特許権だったんでしょうね。

第5事件以外は、民事訴訟法の問題、あるいは提訴自体が不法行為に該当するのはどのような場合かという不法行為法の問題としての先例的価値ぐらいしかなさそうですが、第5事件は著作権法の立場からも、やや興味がそそられる事案ですので、以下では第5事件についてちょっとしたコメントをしてみようと思います。

第5事件の争点を抽象化すると、著作物が化体した有体物を毀棄する行為が著作権侵害にあたるか? ということになります。

ふつう「著作権侵害」とは、21条から27条までに規定されている個々の支分権が対象とする利用行為+113条で侵害とみなされる行為を行うこと、であると考えられています。そしてここからすると、著作物が化体した有体物を「毀棄」する行為はそのどれにも該当しませんから、著作権侵害にならない、ということになります。第5事件の東京地裁判決もそのように考えています。
そしてこのような捉え方は、本来なら自由に行えるはずの著作物のあらゆる利用行為のうち、特定の行為について法が敢えて利用を禁止することで一定の政策目的を達成しようとしているのだとの制度理解(たとえば田村善之『知的財産法〔4版〕』5頁以下。)にも合致する正当なものです。
従って、著作権の侵害だと主張したXの請求に対する反応としては、東京地裁の判断は全く問題はありません。

では、仮にXが著作者人格権の侵害を主張していたとしたらどうだったでしょう?

オリジナルの美術品が廃棄されたとき、著作者は廃棄者に対して著作者人格権の侵害に基づく慰謝料請求をすることができるか? という問題は、従来日本ではあまり論じられてきませんでした。
類似の事案についての唯一の先例とされる東京地判昭和35年9月27日判時238号26頁も、著作者人格権について正面から扱ったものではありませんでした。
この事件の事案は、画家である原告がその絵画を被告に賃貸し、被告がそれを被告経営のバー内に飾っていたところ、バーが火事になり、絵画も消失したというものです。そこで原告が賃貸借契約に基づく被告の返還債務が履行不能になったとして損害賠償(民法415条)を請求しました。
裁判所は損害賠償義務を肯定した上で、損害額について絵画の客観的商品価値54万円のみを認め、絵画焼失により蒙った精神的損害の慰謝料請求は認めませんでした。

ここでは著作者人格権は全く問題となっていませんし、また、そもそも現行法上の著作者人格権(同一性保持権)とは、このような場面までをカバーすべきものだとは考えられていません(加戸・逐条5版173頁)。
もっとも、比較法研究によれば、著作物の廃棄を同一性保持権侵害として考慮しうる可能性も示されており(戸波美代「著作物の廃棄と著作者人格権」半田古稀(2003年)145頁。またそこで言及された利益衡量説については、上野達弘「著作物の改変と著作者人格権をめぐる一考察(二・完)」民商法雑誌120巻6号(1999年)925頁以下に詳しい。)、同一性保持権侵害を主張することもあながち荒唐無稽な主張というべきではないでしょう。

そう考えると、第5事件でXが本件設計図の毀棄行為に着目したのはなかなか鋭い思いつきで、ただその法的構成が不十分だったというのが残念です。

ただ、念のために書いておくと、本件でXが同一性保持権侵害を主張していれば勝訴できたかというと、それは困難だっただろうと思います。なぜなら勝訴するためには、
・本件設計図がそもそも著作物であること
・本件設計図が美術の著作物のオリジナルであるなど、廃棄から保護すべき重要な利益を内包する存在であること
・Yがその価値を毀損する目的で意図的に廃棄したこと
などなど、多くのハードルがありそうだからです。
とりわけ、第3事件一審、第4事件控訴審で創作性がないと判断されていることからすれば、一つめのハードルでもう無理ということになるのは目に見えていると言っても過言ではないでしょう。
(また第4事件判決を見ていると、これらの事情を立証するために必要となる証拠もそんなに揃っていないのではないかと思います。)

そういうわけで、第5事件におけるXの思いつきは、理論的にはなかなか上手いものなのですが、具体的な事案との関係で言うと筋が悪そうです。

一連の紛争が今後どのように終息するのかは分かりませんが、いつの日か両当事者に心安らげる日が来ることを切に願ってやみません。

(なお、以上に掲げた判決はすべて裁判所HPで読めますので、興味のある方はどうぞ。)

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